忘備録続き
労働基準監督署に相談メールを送ってから1週間後に担当者より電話連絡がありました。最初の感想は「本当に連絡してくれるんだ」でした。公的機関なのでコンタクトするにも手元に確たる証拠がなければだめなのかと思って長い間躊躇していたのです。
その担当者は「もう一度先方と話す機会を作って下さい。その際に残りの給与の支払い期限を設けて先方がその期限を守らなければ僕たちが動きます。」その言葉に大変勇気づけられました。大きな後ろ盾ができたような安心感と希望が生まれたような気がしました。「先方がその期限を守らなければ僕たちが動きます。」このフレーズ、何とも心強かったです。
仲介者の方に連絡をして現状も説明し(軽く揺すぶりをかけた感じです)団体に説明してもらったところなんと2~3日後には残り全額振り込まれて来ました。そんなことならもっと早くに支払えよと感じた次第です。後日、労働基準監督署の担当者に報告したところ電話口で笑って「それはよかったです。いつもこんなに簡単に解決できればいいんですけどね。」とのことでした。
1年近く長引いた給与未払い問題はこのように解決しましたが、これでトルコは長い間トルコ大好きだった1熱烈ファンを永遠に失った瞬間でした。現地在住のトルコ人の友人が以前から言っていたのですが「トルコ人と友達になるのはとても簡単。でも一緒に働いたり金銭がらみになると話は全く別になる。」はい。正しくあなたの言う通りでした。
私が好きなのは「オスマントルコ軍楽隊」と「トルコポップ」だけ。これからはこのスタンスで行きます。
日本に在住のトルコ人の皆様、ここはトルコではありません。トルコ流でことを進めるのはやめましょう。
忘備録
トルコが大好きだった私ですが、大阪で2021年11月から2023年2月まで働いていた某NPO団体で経験したことを忘備録として記載しておきます。
そこは代表理事その他関係者も全員トルコ人の団体でした。代表理事とは長い間の知り合いでしたので仕事を引き受けたのですが、本当に大変つらい体験となりました。
その当時、別の所で働いていたため、すぐには仕事をやめる訳にはいかないので「日本では仕事を辞める際には少なくとも1ヶ月前に勤務先に伝えなければならない」旨を伝えると「辞める時には1週間前くらいでいいんですよ。以前、前日に辞めると言って辞めた人がいましたよ。」⇒ いやいや、思うにその人はトルコ人のあなたのやり方によほど耐えられなかったんだと思うよ。
なんやかんやで11月1日に出社した時、約束されていた社会保険加入が叶わず、理事曰く「試用期間なので2ヶ月後の来年2月まで社会保険加入できません。」⇒そんなこと聞いてないよ。社労士さん5名に相談したところ「それは違法な雇い方です。」と全員に言われた。
更に驚いたことに、その団体には税理士さんも経理も人事担当の人もいませんでした。誰が私の社会保険手続きをしてくれるのか....結局、2022年12月になるまで私は社会保険に加入できなかった。2022年2月に心配して連絡をくれた社労士さんが税理士の資格もあったので縁あって何とかこの団体と契約することになり、その税理士さんの助けがあって入社して1年以上経ってようやく社会保険加入が実現しました。
入社する際には正社員としてという条件が2022年2月には代表理事は人件費を削減しようと「給料月10万円くらいになるように仕事して下さい。」と言われ、契約書をいきなりパート(時給1000円)に変更しサインさせられました(その当時でも大阪の最低賃金は時給1030円)。更に「他の理事に相談しても無駄ですよ」とダメ押しを喰らいました。
仕事に関して教えてくれる人もなく長い間大変な思いをしました。更に2023年2月に入って1週間経った頃にいきなりの解雇通達。その時までに給与の未払いも3ヶ月+1週間分(解雇通達も1ヶ月前にはするべきという常識を知らなかったようです)となっていました。
退職してから1ヶ月分相当額は2回に分けて受け取りましたが、未だ2ヶ月+1週間分は未払いのまま連絡もなく放置されています。
ちなみにですがこの団体、消費税支払い義務があるにも関わらず税務署に支払っておりません。代表理事曰く「大阪市に毎年2万円消費税を支払っているんですよ」とのことでNPO団体はそんなに特別枠なのかと思っていたら2022年5月に大阪市から届いた書類は「大阪府民税 2万円」のことでした。日本のシステムがよくわかっていないのによく日本に帰化できたもんだと思いました。
今年2月末で退職してから現在まで悩みに悩んでいましたが、先日ようやく労働基準局にメールでですが報告しました。小さな1歩ですが進展がなくても次は弁護士さんに相談しようかと考え中です。
イスタンブール歴史地区で体験したこと
世界中からたくさんの観光客が訪れるイスタンブール歴史地区。

旧市街と呼ばれるこのエリアには世界遺産に登録された建築群がたくさんあります。
イスタンブール歴史地区で日本人旅行者が注意するべきポイントがいくつかあります。
日本人旅行者が注意するべきポイントとはなんでしょうか?

イスタンブール歴史地区の注意点

イスタンブールの歴史地区で日本人旅行者の命に関わるような事件が起こる可能性は少ないですが、注意点はもちろんあります。
- スリ
- 押し売り
- ぼったくり
- 単独での夜間の外出
スリ
旧市街のグランドバザールのように混雑する観光地では日本人旅行者はよく狙われます。
おそらく日本人旅行者は無防備に見えるのかも知れませんね。
- ショルダーバッグやリュックの口が開いている
- ズボンの後ろポケットに財布やスマホを入れている
持ち物はいつも自分の体の前に来るように持ちましょう。
押し売り
押し売りも日本人旅行者にとって要注意ポイントです。
数人の子供たちがガムやポケットティッシュなどを売りに来ることがあります。
子供だけではなく高齢の男性や女性が売りに来ることも。
けっこう強引ですので買う意志がないことをハッキリと伝えましょう。
そのときに便利なトルコ語の表現は
※「イステミヨルム」(欲しくない)と言えば伝わります。
ボッタクリ
観光客向けの土産物屋でよくあるのがボッタクリです。
「観光客価格」があり、あらかじめ値段が高く設定されていますので交渉せずに購入すると損をします。
グランドバザールや観光客向けの土産物店で買い物をするときには値段交渉は必須です。
面倒がらずに交渉する粘り強さが必要です。
※「ダハ ウジュズ!!」(もっと安くして)と強気で交渉するとよいです。
単独での夜間の外出
単独での夜間外出も日本人旅行者は避けることをおすすめします。
昼間は安全そうに見えるイスタンブール歴史地区ですが夜間になると明かりが少なく暗い場所も多いです。
怪しげな人たちが数人単位であちこちに集まっていたりするので要注意です。
※「イムダット!」(助けて!)緊急時に助けを求める際に使います。
イスタンブール歴史地区は安全と言えども日本人旅行者が注意すべきポイントがいくつかありますのでお忘れなく。
旧市街では最大の注意点は「客引き」

このエリアでスリや押し売りよりもっと注意するべきは「客引き」です。
イスタンブール歴史地区には世界中から観光客がたくさん来ますが客引きにとって狙いやすいターゲットは日本人旅行者なんです。
日本人は穏やかで人当たりがよく見えるので狙われてしまうのでしょう。
日本人旅行者に寄って来る客引きは大別すると3タイプあります。
- 強引過ぎるタイプ
- ああ言えばこう言うタイプ
- 知能犯タイプ
強引過ぎるタイプ
このタイプはとにかく強引です。
人の都合など全く意に介さず、腕を掴んででも店に連れて行こうとするタイプです。
危ないと思ったときには「イムダット!!」(助けて!)と周りに助けを求めて下さい。
ああ言えばこう言うタイプ
このタイプは日本人旅行者に話しかけるきっかけを掴むと長期戦に持ち込もうとします。
話のやりとりがとても上手で日本人観光客を笑わせるコツも熟知しています。
言葉巧みにどんどん攻めて来ますので論破するのは大変むずかしいタイプ。
危ないタイプではありませんが日本人旅行者が逃げ切るのに時間がかかります。
知能犯タイプ
日本人旅行者が騙されていることに気がつかないほど巧妙な話術で近づいて来ます。
穏やかで知的な印象で様々な話題を流暢な日本語で語るタイプです。
日本人旅行者は話に引き込まれてしまい最後には高額商品を買ってしまうことに。
日本人旅行者に近づいて絨毯や土産物を高い値段で買わせようとする客引きがイスタンブール歴史地区で一番の注意点です。

日本人旅行者に使う客引きの手口
イスタンブール歴史地区で日本人旅行者によく使われる手口とはどんなものでしょうか?
日本人旅行者に近づいて来るのは絨毯屋や土産物店の客引きですがホテルやレストランの従業員の場合もあります。
「いい絨毯やキリムを売っている店を知ってるよ。一緒に行けば安くなるよ。」
と個人的に声をかけて来る従業員もいるのでご用心を。
イスタンブール歴史地区では、あちこちに客引きが潜んでいます。
客引きの主な手口は
- 日本人旅行者を確認して近づく
- 偶然の出会いを装って近づく
- 親日家を装って近づく
日本人旅行者を確認して近づく
客引きは目星をつけた旅行者に「コンニチハ」と声をかけて近づいて来ます。
日本人旅行者がそれに反応しなくても、さらに「落ちましたよ~。」と最終確認を。
大抵の日本人旅行者はそこで反応してしまいます。
私も初めてイスタンブール歴史地区に行ったときに体験しました。
「やっぱり、日本人でしたね~。」と二人組の客引きにつかまりましたが、パトロール中の警官がこちらに向かって歩いて来たので助かりました。
用心していても不意をつかれるので気をつけて下さいね。
偶然の出会いを装って近づく
客引きがよく使う手口に、偶然の出会いを装って近づく方法があります。
イスタンブール歴史地区に来た日本人旅行者に話しかけて親しくなると「イスタンブールに滞在する間、専任ツアーガイドになりますよ。」と申し出て数日間色々と親切にする方法です。
日本人旅行者を信頼させて最終日に店に連れて行き高額な絨毯や土産物を購入させるというものです。
親日家を装って近づく
トルコは親日家が多いのですが、「日本が大好きで日本人と友達になりたい」とか「日本に知り合いがいる」などと流暢な日本語で近づいて来ます。
中には日本人旅行者をバーに連れて行き、高額な飲食代を請求したり睡眠薬の入った飲み物を飲ませて旅行者が寝ている間に持ち物全てを盗んだりということもあります。
これらは、日本人旅行者によく使う代表的な手口です。

イスタンブール歴史地区で気をつける点は?
イスタンブール歴史地区で「親しげに日本語で話しかけてくるトルコ人」の相手をしないこと。
無視して通り過ぎるか自分の意志をきっぱり伝えてその場を立ち去るのが一番です。
観光地で完璧なタイミングで遭遇する「流暢な日本語」を話すトルコ人ほど怪しいものはありません。
こういうトルコ人に会ったら警戒して下さいね。

旧市街の観光地で文化の違いにも注意しよう
観光地だから現地の人たちはオープンで何でも受け入れてくれると思いがちですがそんなことはありません。
文化の違いも知っておいた方がよいですよ。
たまたま買い物をした店先で店主と話した時に聞いた話です。
店主いわく:
「イスタンブール歴史地区にある数々のモスクに外国からたくさんの観光客が訪問してくれることは大変ありがたいが、残念なことに多くの観光客はマナーを守ってくれない。まるで土足で人の家に勝手に踏み込んで来るように感じることがある。」
それを聞いて大変申し訳ない気持ちになりました。
観光地と言えどもモスクはイスラム教の神聖な宗教施設です。
周辺の人たちは礼拝のために利用しますので、礼拝が行われる時間帯に観光客が立ち入ることは避けた方がよいです。
女性の場合、髪も隠さずに肌の露出した服装や裸足で施設に入ることも控えましょう。
入り口でスカーフを貸してくれるモスクもありますが、観光する際にはスカーフや靴下を持参しておくことをおススメします。
相手の宗教を尊重する気持ちやマナーを守ることも大切だと反省しました。
まとめ
イスタンブール歴史地区での防犯面と文化面での注意点について書きましたが自分の行動次第で回避可能なことも多いです。
イスタンブールへ行くときにはぜひ今回の注意点を思い出して下さいね。
トルコ人の名前について

アジアとヨーロッパを繋ぐ場所に位置するトルコ。
トルコで知り合いが増えると同じ名前に遭遇することも多くなってきます。
「なぜ男性も女性も同じ名前が多いんだろう?」
「同じ名前が多いのは何か理由があるのかな?」
名前が2つある人もけっこういて、どっちでも好きな方で呼んでと言われます。
トルコでは日本のように苗字で「~さん」と呼び合うことがないので苗字はあまり必要ではありません。そのため友達になってからずっと後になって相手の苗字を知ることもよくあります。
トルコ語の語彙が増えるにつれてトルコ人の苗字を見た時に「何これ?こんな苗字だったの?」と驚くことも増えて来ます。
トルコ人の名前や苗字にはどんな意味があるのでしょう?
トルコ人の名前にはアラビア語由来とトルコ語由来があるんです。
更には旧約聖書や新約聖書由来の名前もあって悠久の歴史を感じさせる名前も。
苗字は20世紀に入ってから政府の方針で全ての国民が苗字を持つことになったのですが中にはとても面白い苗字が存在します。
トルコ人の名前や苗字の意味を知るとトルコの文化や歴史にも触れることができてとても興味が湧いてくることに気づきました。
どのような名前や苗字があるのか早速見てみましょう。

トルコ人の名前の由来
トルコ人の名前の由来は大きく分けるとアラビア語由来とトルコ語由来の2種類があります。
アラビア語由来が多いのは、トルコはイスラム教徒の国なので納得です。
アラビア語由来
預言者ムハンマドの家族や親戚の名前をつけることは意味も分かっているので全く問題はないし、イスラム教の文化圏に共通する名前だと思います。
ですが、トルコ人がイスラム教徒だからといってアラビア語も知っているわけではないのに、コーランに書かれている名詞だから大丈夫だと勝手に子供の名前に使う人もいるそうです。
子供の将来に関わる大問題にならないのでしょうか??
トルコ語由来
- トルコ語で美しさや強さを連想させる名詞
- 動物や植物、自然や天候を表す名前
最近ではトルコでも日本と同じように「キラキラネーム」が増えているという話も聞きました。

子供の名前に関する注意点
子供の名前を付ける場合の注意点もあるそうです。
コーランから引用した名詞が子供の名前として適切か専門家や学者に相談した方がよいと言う意見もあるとか。
私のトルコ人の知り合いも専門家に相談して縁起のよいアラビア語由来の名前を探してもらった人がけっこういます。
イスラム教にも存在する4大天使の名前も子供の名前として使わない方がよいという説もあります。(理由はわかりませんでした。ごめんなさい。)
カトリックでもミカエル・ガブリエル・ラファエルはよく見かける名前ですが、アズライルは「死」を司る大天使なので名前にはふさわしくないのでしょうね。
子供につける名前は、アラビア語由来とトルコ語由来に加えて「縁起の良し悪し」も考慮するように感じます。

トルコ人の名前の背景
トルコ人の名前の背景とはなんでしょうか?
オスマン帝国時代までは苗字がなかったので「父〇〇の息子〇〇」「父〇〇の娘〇〇」と呼ばれることが一般的だったそうです。
また生まれた子供には祖父や祖母の名前をつけることも多かったので親戚中に同じ名前の子供がたくさんいることも当たり前だったとか。
現在でも有名人のプロフィール紹介欄に「父〇〇の息子」や「父〇〇の娘」といった表記を見かけることがあります。
トルコの伝統を垣間見る表記の仕方で面白いですね。

トルコ人女性によくある名前
アラビア語由来の名前
どの年代でも順番は変わってもトップ5の名前があります。
エミネ :
「信頼できる」の意味
アイシェ:
「平安に暮らせるように」の意味
ファトマ:
「地獄から遠ざかる」「理想の女性」の意味
ハティジェ:
「偉大な女性」の意味
ゼイネップ:
「貴重な」の意味
メリエムという名前は「信仰心が厚い女性」という意味があるのですが、実はこの名前はイエス・キリストの母「聖母マリア」のことなんです。
私の友人や知り合いにも上記の名前を持つ人達がけっこういます。
トルコ語由来の名前
トルコ語由来の名前は「美しさや優雅さ」を連想させるものや「光の輝き」を表すものが多いです。
ユルドゥズ(星)・ヌル(光)
メフタプ(月の光)
チチェキ(花)
ラーレ(チューリップ)
ソンギュル(最後のバラ)
ヤームル(雨)・デニズ(海)
メレク(天使)・イペク(絹)
エルマス(ダイヤモンド)
スルタン(王族)
アダレット(正義)
ネザケット(礼儀)など
トルコ人女性の名前はアラビア語由来もトルコ語由来も「美しさや優雅さ」を感じさせる名前が特徴です。

トルコ人男性によくある名前
ではトルコ人男性の名前はどうでしょうか?
こちらも、やはりどの年代でも見られるトップ5があります。
アラビア語由来が圧倒的に多いですが旧約聖書や新約聖書由来の名前もあります。
アラビア語由来の名前
ア リ :「崇高な」の意味
メフメット:「称賛に値する」の意味
フセイン:「善い」「美しい」の意味
ユスフ:「追加する」の意味
ムスタファ:「選ばれし人」の意味
トルコ語由来の名前
オスマン(炎のような男)
ゼキ(賢者)・ギョクハン(空の王)
アイドゥン(明るい)
エムレ(友達)
デニズ(海)・タイフン(台風)
ザフェル(勝利)
サヴァシュ(戦争)
バルシュ(平和)・ムラト(希望)
ファティフ(征服者)
ジハンギル(征服者)など
トルコ人男性の名前は「男性らしい強さ」を表した名前が多いように感じます。
旧約聖書や新約聖書由来の名前
イスマイル(旧約聖書の神を聴く者より派生)
イ サ(イエス・キリスト)という名前もあります。
トルコ人の苗字は面白い
トルコ人の苗字はさらに面白いです。
苗字は、元々オスマン帝国の時代まではなかったそうですが、1935年頃から創姓法により国民全員が姓を持つことが義務付けられたそうです。
「名は体を表す」のか「表したかった」のかは不明ですが「勇ましい・硬い・強い」がキーワードのようです。
勇ましい系
ユルマズ(不屈の)
カンユルマズ(血に怯まない)
コルクマズ(恐れない)
オルメズ(死なない)
アルカン(赤い血)
トュルクメン(トルコ人)
オズトュルク(純トルコ)など
どれも勇敢なイメージです。
硬い系
カヤ(岩)・デミル(鉄)
オズデミル(純鉄)
チェリク(鋼鉄)
アルトゥン(金)など
硬い・強靭なイメージでしょうか。
強い動物系
アスラン(ライオン)
カプラン(トラ)・クルト(狼)
シャーヒン(鷹)・ドアン(鷲)など
どれも強そうな名字ですね。
〇〇の息子という名字
チャプシュオール(直系の息子)
アシュチュオール(料理人の息子)
チャルシュカンオール(働き者の息子)
アスランオール(ライオンの息子)
クルトオール(狼の息子)など
一般庶民が苗字を持たなかったころの名残でしょうか。
職業の〇〇屋
デミルジ(鍛冶屋)= スミス
アブジュ(猟師) = ハンター
チフチ(農家) = ファーマー
チョバン(羊飼い)= シェパード
エクメクチ(パン屋)= ベーカー
イペクチ(絹屋)
ドマテスチ(トマト屋)など
英語の苗字に通じるものもあって面白いですよね。
??な名字
サラクオール(バカの息子)
ポルタカル(オレンジ)
コルカク(臆病者)
カラブルト(黒い雲)
ゼンギン(金持ち)など
「こうなりたい」という希望を込めた苗字や、何を基準に決めたのかよく分からない苗字もありますが意味が分かるととても興味深いです。

名前以外の呼び方もある
これはトルコドラマでも頻繁に出てきます。
トルコはイスラム圏ですがラテン系のような情熱的なところがあるので夫婦間・恋人間では英語のハニーやダーリンを超える呼び方があるんです。
例えば:
ビターネム(私の唯1人のひと)
アシュクム(私の愛)
ジャヌム(私の命)
ハヤトゥム(私の人生)
ギュリュム(私のバラ)
バルム(マイハニー)
スルタヌム(私のスルタン)など
便利な呼び方ですが、そのうち相手の名前を忘れてしまいそうな気が。
トルコでは人間関係が濃いので他人の子供(成人の場合もあり)でも
ヤウルム(私の赤ちゃん)
オールム(私の息子)
クズム(私の娘)
と呼びかけるので驚きます。
相手が年下であれば、成人した男性も女性も子供呼ばわりされるんです。
その場に居合わせると見ているだけで面白いです。
まとめ
トルコ人の名前の由来や背景を知ることはトルコの文化や歴史にも触れることに繋がります。
相手の名前の意味が分かるとトルコ人がもっと身近な存在に感じられて、文化や習慣を知ることでトルコ人に受け入れてもらえるようになります。
さらにトルコ人は知り合いになった日本人に「トルコの名前」をくれることも。
その時に自分がもらった名前の意味を知っているとうれしさが倍増です。
単に外国人の名前を発音できないとか覚えられないという理由でトルコの名前をくれることもありますが、友人としてあなたを受け入れてくれたという証拠です。
トルコ人の名前の意味や由来を知ってトルコの文化を知る手がかりにして下さいね。
「阿修羅のごとく」からオスマントルコ軍楽隊へ
阪神デパートでの20分ほどのオスマントルコ軍楽隊コンサートは、あっという間に終わってしまい、大太鼓を片付ける演奏者とその他数名のメンバーを残し観客もほとんどいなくなった頃、柱の影でこちらに背を向けてタバコを吸っている人を見つけました。
その人は紺色のカフタンを着たメンバーの一人でした。私はその人にどれだけ自分が感動したか、なぜオスマントルコ軍楽隊が大好きなのかをできる限りの英語で伝えました。
その人は左胸に手を当て軽く会釈をしてから、笑顔で「Thank you. Tomorrow 11」と返事をしてくれました。翌日、午前11時からもう1回コンサートがあるのは知っていたので、私は次の日も30分前に到着してベストポジションで軍楽隊が来るのを待ちました。
そして翌日も
昨日同様、華麗な衣装を着た軍楽隊メンバーが到着しました。「来た!!」
不思議なことに私に手を振ってくれる数名の軍楽隊のメンバーが。「なぜ?」そのときは知らなかった理由が。
20分の演奏時間はやはりすぐに終わりを迎え、みんなその場から退場して行きました。「もう2度とオスマントルコの軍楽隊には会えないんだな・・・」と悲しい気持ちで外に出たとき、なんと壁際に昨日のメンバーが立っていました。
別のメンバーを大声で呼び戻すと、戻ってきた人が英語で説明してくれました。
「あの大型スピーカーの下にいた子だね。あんなに嬉しそうにコンサートを聴いてくれる人がいて僕たちも嬉しかったんだよ。名刺がなかったから軍楽隊のオフィスの住所と連絡先を渡しておくからイスタンブールに来たら連絡してね。」と手書きのメモをくれました。
昨日のコンサートの際に大型スピーカーに設置した三脚の隙間に座ってとても嬉しそうにしているショートカットヘアの女子が、演奏する側からはよく見えていたとのこと。
演奏する側から見た風景を想像すると笑えて来ましたが、予期せぬ出来事が起こった素晴らしい日でした。
こうして縁がつながった
NHKドラマ「阿修羅のごとく」の主題曲から18年の月日を経て繋がったオスマントルコ軍楽隊との縁。
偶然のように繋がった縁をどのようにして保持できるか....「連絡なしでイスタンブールに行ったとしても誰も覚えていてくれなければ意味がないし」と考えた結果、カードを送ることにしました。写真は撮っていなかったので自分の似顔絵を描いて感謝の言葉を添えて送りました。
3ヶ月後・・・
「きっと世界中からファンレターをもらっているだろうから返事なんて来ないよなぁ」とカードを送ったことも忘れかけていた頃、ある日、ブルーモスクの写真のポストカードが郵便受けに。「誰だ。これ・・・」と裏を返すとオスマントルコ軍楽隊からでした。記憶が薄れる前に送ったカードのおかげでしょうか。
感動と興奮あまり家の中を走り回り、段差に足を引っ掛けて転んでしまった私です。
次の目標は、即決定「絶対、イスタンブールに行く!!」
始まりは NHK ドラマ「阿修羅のごとく」から
1979年から始まったNHKドラマ「阿修羅のごとく」の主題曲
オスマントルコ軍楽隊の「Ceddin Deden」ー 私にとって運命の出会いです。
初めて耳にしたときの衝撃は忘れられません。曲調は少し物悲しいような旋律で
でもなぜかとても懐かしい不思議な曲。魂が揺すぶられるような強い衝撃でしたが
その当時は残念ながら曲の名前も知らず、そのまま数年が経ちました。
そして数年後.....
テレビのある番組で偶然知ることになりました。その曲はオスマントルコ軍楽隊の
「Ceddin Deden」(祖先も祖父も)といい歌詞もあることを。
当時のオスマントルコ軍の衣装を着た楽団が行進しながら演奏するスタイルで
2歩前進して3歩目に大きく体を横に向けて行進するその姿の荘厳さに鳥肌が立つほど感動しました。
「絶対にイスタンブールに行って本物を見る!」と決心した瞬間でしたが、更に10年以上の時が過ぎて行きました。
オスマントルコ軍楽隊がやって来た!!
そして更に時が過ぎ、1997年9月のある日、母が大阪の阪神デパートのチラシを私に見せて「トルコの軍楽隊が来るよ。行ってみたら?」・・・「え~っ??来るの??」
初めて「阿修羅のごとく」の主題曲を聴いてからすでに18年が経過。
行かない選択肢など絶対になく、心臓が飛び出るのではないかと思うほどの緊張と興奮の中、ベストポジションを確保するべく開始時間の30分以上前から場所取りを開始しました。
大型スピーカーを固定する三脚の空間に目をつけた私は「スピーカーが頭の上に落ちてきたらどうしよう」と思いながらもそこに座り込みベストポジションをキープ。
当時のチラシがこちら。

時間が近づくと軍楽隊のメンバーの姿が・・・赤いカフタン(ローブ)と紺色のカフタンを着た人たちが登場。中央の大太鼓奏者を中心に半円形にコーラス隊と楽器奏者が並び最後に指揮者が登場して演奏が始まりました。

こんな感じです。
全員ではないですが、このメンバーが目の前にいました。もう本当に感動と興奮のあまり泣けてきました。18年経ってようやく叶った私の夢・・・夢は実現するのだと実感した瞬間でした。

オスマン・トルコ軍楽隊バンザイ !!